タンゴ・リブレ 君を想う
人間関係というものは、生きているとそれなりにややこしくなってしまうものであるが、
映画や小説にはこれまたなかなか出会わない複雑な関係が描かれるのが常だ。
『タンゴ・リブレ 君を想う』で描かれるのも、映画中盤まで明かされない実に不可解な関係性。
それが明らかになるに連れて、いかに微妙なバランスで、
その関係が積み重ねられていたかが身につまされる。
舞台は、どうもベルギーのどこかの刑務所らしいのだけれども、
田舎特有の狭い人間関係の中でこじれてしまいながらも、
それを編み直すこともできない、諦めを含んだ気怠い閉塞感が映画を支配している。
そんな雰囲気に風穴を空けるのがアルゼンチン・タンゴだ。
踊る、という行為は人間にとってどんな意味を持つのだろう。
文化祭や体育祭で踊る高校生を見ていると、
なんとも心打たれてしまうのだけれど、その訳は自分でもよくわからない。
わからないのだけれども、やはりグルーブと呼ばれるものに呑まれていく、
個を超えた大きな何かを体現していくその様子が、
なにかしら魅力を放っているのは確かだろう。
そして、傍観者としてではなく、その只中に身を置くとき、
そのことばにしがたい魅力に、感電するように圧倒されていくもののように思う。
この映画は、そういう踊りの魔力のようなものが、
微妙に保たれていたバランスを打ち破っていく物語である。
ラストの直前まで、歪な、それでいてありふれていると感じてしまう
恋に浮かされた男の愚かな振る舞いのもとで、後味悪く幕が下りるのかと
多少なりともうんざりしていたのだが、
最後の数分間で、なんとも不思議な爽快さが醸しだされる。
私にとってはとても意外なラストだった。(勘が悪いだろうか・・・)
そして最初の関係はますます複雑に微妙になっていくのだが、
それがなんとも映画的だ、と、してやられたことに思わずにんまりしてしまう。
それを成功させるのは、ヒロインの魅力だろう。
欠陥だらけのひどい人間性を描きながらも、
これだけ破綻に満ちた物語を収束させるだけの魅力を醸すヒロインを演じ、
さらに脚本も手がけたという稀有な女優の存在が、
この映画の肝だといえると思う。
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