『アルジャーノンに花束を〈アクア〉』 演劇集団キャラメルボックス #caramel box
劇場に向かう途中で、
大きな声で「まっくろくろすけでておいで~!」と叫ぶ
三十代くらいの女の人とすれ違った。
その時、私の前を歩いていた女子高生二人が
彼女に関して心ない会話をしているのを
聞くとはなしに聞いてしまい、
なんだかとても辛い気持ちになった。
劇中、同じように、辛い、胸の奥をぎゅっと掴まれるような
何とも表現し難い気持ちに何度も襲われた。
知的障がいを持つ主人公チャーリーに対する
店の同僚たちのあからさまな嫌がらせもさることながら、
何よりも切なく感じたのは、
母であるローズの態度である。
ローズがチャーリーに冷たいとか、
母親のくせにひどいとか、
簡単に非難することはいくらもできるだろうが、
そうしたところで、どうしようもない、
誰にでもある拭いきれない思いを体現しているのが
まさにローズなのだ。
自分の子供がせめて人並みであって欲しい。
そう思うのはごく当たり前のことで
多くの親はそのために色々と努力をするものだ。
私も人の親でこそないものの、
仕事上、多くの親御さんに会うので、
その気持ちが直に伝わってくるだけに、
ローズの行為をきっぱり断罪できない、
でも、チャーリーのために許しがたいと思う
何とも複雑な思いに苛まれたのだ。
道徳的にこうすべきである、などということで
表面上の態度は変化させられるかもしれない。
それだけでも、多少マシかもしれないが、
結局のところ根本的には解決できず、
親も子も辛い思いを繰り返す。
そんな袋小路から抜け出す道はないだろうかと
思いながら立ち寄った書店で、
大江健三郎氏の最新エッセイ集を手にした。
周知のことであろうが、大江氏の長男である
光さんは、いくつかの障がいを抱える音楽家だ。
大江親子の姿は何度か映像で目にしたこともあり
本もいく冊か読んだことがあったが
今日手にした単行本にも冒頭に二人で散歩をした話が
収録されていた。
大江氏が光さんを描く時の筆致にこそ、
私の迷いの答えはあると感じた。
「注意深いまなざし」
受け入れるとか、肯定するとか、
カウンセリングの席で有効だとして
口にされる動詞はいくつもあるが、
それはどれも、この場合、偽善的で、
忍耐を伴います。
「注意深いまなざし」は、その、努力を要する動詞の前の
大切な行為なのだ。
まずは見つめること。
しっかりと、そのありのままの姿を、
陰りのない目で見つめるだけで、
その相手にとって必要なことは、
ずんと伝わってくるのだ。
言葉を紡ぐのが苦手な相手のことこそ、
じっくりと見つめることで、多くのことがわかるものである。
そこまで思い及んで、改めて違和感を覚えるのは、
アリス・キニアンという教師の存在だ。
観劇後、忸怩たるものを訴えた私に、
ある人がくれたヒントは
「アリスは、現在なら、最後までチャーリーの味方」
という言葉だった。
初めてこの原作が書かれた時代を考えれば、
仕方がないのかもしれないが、
確かに、アリスには教師とは思えない発言が多いのだ。
高校生の時に原作を読んだ時にも、
どうも、好きになれなかったのだが、
その理由がわかった気がした。
アリスは、知能が高くなったチャーリーに
「あなたといると、自分はバカだと思ってしまう」と漏らす。
教師は、人を育てるのが仕事だから、
俗にいう青藍の誉ではないが、生徒が自らを超えて行くことは、
誇りにさえ思うのが普通だと思う。
アリスに感じた違和感、釈然としない気持ちは
私が教師であるがゆえに、増幅していき、
胸のつかえが取れないような気分で数日、過ごした。
そして、それがあまりに気になったので、
結構な強行突破で、会いに行ってしまった。
もう一人のアリス・キニアンに。
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