贋作・罪と罰
一昨年見た『透明人間の蒸気』がイマイチで、
去年の『走れ!メルス』はパス。
その噂もあまり芳しくないように思ったので
今回はチケットを取ってなかったのだけど・・・
一緒に『透明人間の蒸気』を観て
似たような感想を持っていた人が、
今回の初日がすごく良かったと言うもので
どうしても観たくなり、オケピで
チケットを手に入れ行って来た。
今回は、劇場中央に菱形の舞台を作ってあって
それを挟んで対座する形で客席がしつらえてある。
いただいた席は、
その裏(というか席が少ない方)の最後列中央。
最後列と言っても、前から5列目で、
表情もよく見える実にいい席だった。
野田秀樹演劇の魅力のひとつは、その難解さにある。
それは「キル」=「着る」「切る」「斬る」「KILL」と
いうようにことばの多様性を、
極限まで活かしつつ、超高速度で
物語を紡いでいくことによって生まれる広がりと疾走感。
初めて『桜の森の満開の下』を観たときに感じた
あの「解らなさ」に震える感覚は、今も忘れられない。
世の中に、「解らない」から「面白い」などと言うことが
あるのだなんて、知らなかったのだ。
それは、眠っていた脳細胞を呼び起こされるような刺激だ。
しかし、それは「考えればわかりそう」だから
楽しいのであって何がなんだか解らないのでは、
面白いわけがない。
正直に言えば、『透明人間の蒸気』はそういう感じだった。
で、今回の『贋作・罪と罰』。
ストーリーが実に解りやすい。
下敷きがドストエフスキー『罪と罰』 で
そのテーマは、題名通りの普遍的なものであるから
当然と言えば当然なのだが、
それ故に、今回はまた違った野田演劇の魅力が感じられた。
まずは、舞台装置。
舞台に4本配された蛍光灯をエアキャップで巻いたポールや
様々な形態の椅子がいろいろなものに見立てられる。
シンプルな、最小限の装置が、
役者の動きとともに様々なものに変化する。
そして、音。
この芝居では、ほとんどのSEが舞台の周りで出される。
シンプルな舞台装置の見立てに合わせて、
扉をたたく音、開ける音、
金を数える音などが生々しく劇場に響く。
あくまでも「作られた音」なのだが、
だからこそ、演劇という「出し物」の面白さが際立つ。
シンプルで、原始的な、そう能か狂言のような舞台の周りに
出演者は、自分が演技しない間も存在し続ける。
時の流れを視覚化するかのように周りを歩いたり走ったり、
椅子に座って他の動きを見つめ続ける。
その緊張感は、 「罪悪感」がひたひたと心を浸食していく
この芝居のテーマを体感させる。
全てを覆い尽くすかのようなエアキャップに
舞台全体が包まれたラストシーンは
まさしく瑞雪乾坤。
美しい雪が天地を覆い尽くし、
英の罪を包み込むかのようだった。
その愛情は形になることはなかった
切ない終焉だが、マックスに照らされた証明に
エアキャップの雪が光る麗しいシーンだった。
総合芸術としての演劇が体感出来る「芝居」だった。
Comments
The comments to this entry are closed.
TrackBack
Listed below are links to weblogs that reference 贋作・罪と罰:
» NODA MAP「贋作 罪と罰」 [在り得ない会社の日記~ホワイトベースをつくるんだ!~]
限りなく何もない舞台。音楽も限りなく抑えられていました。 最小限という言葉よりも更に排除されていたように思います。 舞台を彩るのはほとんど椅子という小道具だけ。 音楽を彩るのはほとんど役者が奏でる効果音だけ。 それでも全てのシーン・景色を眼前に見事に現出させ..... [Read More]
» 『贋作・罪と罰』 再び。。。 [みかん星人の幻覚]
初日と比べて、とても微妙なのだけれど、それでも、今回この舞台で感じた最も大切な部 [Read More]
» 明日が千秋楽!NODA・MAP『贋作 罪と罰』観てきました。 [みみおの素晴らしきTOKYOライフ]
今日は久しぶりに観劇して来ました。渋谷・BunkamuraシアターコクーンにてNODA・MAP「贋作 罪と罰」。脚本・演出:野田秀樹。主演は、松たか子。主な出演者は、段田安則・古田新太・マギー・宇梶剛士など。長男は実家に預け、次男はセルリアンタワーの託児室に預け、いざ...... [Read More]

コメント、遅れました。。。
徐々に鬱気味から復活です。
》演劇という「出し物」の面白さ
そう!
「出し物」ですから、
「観て欲しい」という欲望を伴った、
そして商売であること、
これがとても大切なのですね。
野田さんの「罪」は、
この「出し物」としての姿勢、
つまり「観て!解って!」という姿勢が、
以前の作品では感じられなかったことだと、
私は思っているのです。
芸術は「解って貰ってナンボ」の世界です。
「解る人にだけ解って貰えば良い」とか、
「解ってもらおうと思ってない」のは、
少なくともお金を取る芸術では許されないでしょう。
野田さんが前世紀の演劇に残した「悪癖」は、
この部分に尽きると思っています。
(もちろん、本人はそう思ってないだろうが(笑))
が、今回の『贋作・罪と罰』には、
「この出し物の面白さを解って欲しい!」
という欲望が充満していました。
みかん星人には、それが最高に嬉しい事でした。
TBさせていただきます。
Posted by: みかん星人 | January 27, 2006 09:00 AM
みかんさん、コメント、ありがとうございます。
お返事遅れてごめんなさい。
商業演劇を毛嫌いする気質はやっぱり私にもあって
やっぱり明×座とか、新宿×マとかでやるとなると
妙な先入観があったり(爆)
それと対局に、わかりやすい演劇は
芸術性が低いというような
変にうがった見方もあります。
それを助長しちゃったのが野田さんだって
気はします(^^;;;
まぁ,私もちょっと毒された時期もありましたし
成井さんでさえそうだったんだから
ホントに功罪多しですね(^^;
Posted by: みひろ | January 31, 2006 09:42 PM